Jul 06, 2010

太陽光発電の普及に

太陽光発電は、文字通り太陽エネルギーを集めている発電方法として最もクリーンで環境に優しい発電方法ではないかと思います。発電量が天候に左右される、太陽電池パネル設置費用の負担が大きいもの、共同住宅に設置が難しいなど、さまざまな問題が多いのですが、現在の発電方法と一緒にしながら、さらに太陽光発電の普及進行をお願いします。
やはり将来的には可能性としては非常に豊富で素晴らしいでは、太陽光発電を可能にする太陽電池パネルの技術ですね。このソーラーパネルは、クリーンなエネルギーを生産することが日光継続が可能ですね。曇りの中でも、正常に成長できるのが太陽電池パネルですが、これからどんどん効率も上がっていくので、楽しみの可能性です。
 浅間温泉の「手仕事扱い処GALLERYゆこもり」(松本市浅間温泉3、TEL 0263-46-2066)で現在、漆芸作家・藤野征一郎さんの個展「藤野征一郎 漆芸展II」が開催されている。(松本経済新聞)

【画像】 箔貼りワークショップの様子

 藤野さんは滋賀県生まれ。金沢美術工芸大学(石川県)で漆芸を学んだ後、卯辰山工芸工房へ入所、現在も石川県内で活動を続けている。同ギャラリーでの個展は2年ぶり2回目。器、オブジェなど40点と箸60点ほどを展示する。

 「以前と比べると箔(はく)を使ったものが多い」と藤野さん。漆を塗った上に金箔や銀箔を貼るために、塗った感じがそのまま模様のように浮き出ている作品や、箔を使って貼り絵のように絵を描いた板盆も。「予想通りになるものもあれば、偶然できあがるものもある(笑)」。ほかに、8月から開催されている「ヨコハマトリエンナーレ」の企画展で制作した郷土玩具「加賀八幡起き上がり」をモチーフにした「箔だるま」も並ぶ。

 1日には、拭き漆を施した皿に箔を貼るワークショップが行われた。実際の作品を一緒に見ながら、色味や重ね方、かすれた感じの出し方などを説明し、参加者からの質問にも丁寧に答える藤野さんだったが、結局は「実際はやってみないとわかりません(笑)」ということに。藤野さんが用意した皿は1枚1枚木目によって表情が異なり、参加者は皿の選択から真剣なまなざしに。箔は、金銀だけではなくアルミやスズなど数種類あり、色だけではなく厚みも異なる。その中から好みのものを選び、真綿を使って押さえるようにして貼っていく。貼った後に削ったり、網目のようなものを使って散らすようにまいたりと、さまざまな方法で思い思いの皿を作り上げた。

 「漆、箔など素材が合わさることで繊細な質感が生まれる。それによっていっそう素材の魅力が深まると思う」と藤野さん。今回は、畳敷きの同ギャラリーに合わせて茶道具なども展示する。「畳に直接並べることをイメージして用意した。ゆっくり手にとってご覧いただければ」

 作品は全て販売も行う。箸=2,940円〜7,000円、箔だるま=3,500円〜、板盆=3万5,000円〜など。営業時間は、土曜・日曜・祝日の10時〜18時。平日に来店希望の場合は事前の連絡が必要。入場無料。今月30日まで。最終日は藤野さんが在廊を予定している。


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藤野征一郎さんのホームページ
手仕事扱い処GALLERYゆこもり


 昭和32(1957)年創刊の同人誌「日本海作家」が、今秋号で終刊となりました。年4回の発行ごとに支局にも届き、味のある表紙の題字を眺めてページをめくると、雪深い土地で言葉づくりに丹精をこめる人々の姿が思われ、福井への愛着を深めたものです。しかし、そんな部外者の感傷をよそに、終刊の編集に携わった張籠二三枝さんは「発表で(世の中に)一石を投じるところがなくなりました。雑誌の風格もある。余力のあるうちにピリオドを打とうと思いました」と。
 文学への真摯(しんし)な取り組みゆえの自戒から出た言葉です。そして、そうだったからこそ、54年もの長い間、福井の在野文学を代表する存在だったのだと思いました。
 創刊の前年は「もはや戦後ではない」の言葉が流行し、高度成長が幕を開けました。創刊号は「裏日本の仲間よ手をつなごう!」と新時代へ向かう人々に呼びかけ、「『日本海作家』は、暗鬱(あんうつ)な色をうかべ、無限のエネルギーを内包して凪(な)いでいる日本海の潮風を呼吸する、土着の魂の発露の場であらしめたい」とはやる心をぶつけます。
 7号でいったん休刊しますが、白崎昭一郎さん(84)らを中心に復刊。以後、文学を志す人の発表の場であるとともに、作品の合評会を通じての研さんの場であり続けました。同誌での発表後、作品が評価されて全国的な文芸誌に転載されたり、単行本として刊行されたりしました。02年にはふくい新進文学賞を創設、若い才能の発掘にも努めました。
 しかし、全国的な文学賞が数多く設けられ、インターネットを通じての個人発表が可能となる中、若手の参加がなくなり、同人が高齢化しました。レジャー費用などに家計が向く時代となり、同人誌発行のための個人負担も参加の障害になったようです。さらに数年前から白崎さんが体調を崩し、ついに終刊となりました。
 今年初めの182号に掲載された「終刊の辞」に、白崎さんは「地方同人誌としては稀有(けう)に見る誌歴の長さと実績とを積み重ねてまいりましたが、そろそろ力の限界線に近づいてきたのではないかと存じます。(中略)この辺りで一応使命を終えて、あとは後進の方々の別途の動きに後をゆだねたいと存じます」と書いてます。
 失われゆく同人誌の世界ですが、張籠さんに、その魅力についても聞いてみました。
 「創刊時の方々からすると、『情けないな』と怒られるかもしれませんが、私は楽しくてやってきました。文学が好きだから、書いてみた。ものを生むのは困難もあるが、楽しい。書くと、読んでくれる人が必要になるでしょう。同人誌にはそういう面があります。また自分で書いてみると、すぐれた作品に出合って『うまいな』『すごいな』と実感できます」
 同人誌では読み書きの双方を奥深く学べるというんですね。なるほどと思いました。張籠さんは「高校の国語教師的かしら」と笑いながら、同人誌の衰退で、よい本が広く読まれる土壌がやせ細っていくことも心配していました。
 話を聞いて、終刊を惜しむ気持ちがますます大きくなりました。日本海作家のこれまでの活動に敬意を表するとともに、新しい形で活動を受け継ぐ試みが生まれてくることを願ってやみません。【福井支局長 戸田栄】(ご意見は、toda-s@mainichi.co.jpにお願いします)

10月7日朝刊

Posted at 13:08 in Earthquake | WriteBacks (0) | Edit
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