Jul 14, 2011
収益確保を一つのアパート経営
相手が見えない、日本では、老後の不安や子供のことなど、資金が気になる人が多いだろう。アパート経営をして資金を調達するのも一つの方法であるかもしれない。地方によっては、広い土地に少数の家族が住んでいる場合もある。土地が残っている場合は、アパート経営を検討し、収益確保の可能性を検討してみるのも良いのではないだろうか。不動産投資をする場合、不動産投資信託を検討してみるのも面白い。自分は不動産投資信託の残高を積み上げている。オフィス不動産投資信託は避け、レジデンス系の不動産投資信託を保有している。分配金の水準が安定しているからだ。特徴を把握した後、自分の好みの不動産投資信託を保有してみるといい。
第93回全国高校野球選手権大会で、愛知代表の至学館は大会第3日の8日、第4試合で大阪代表の東大阪大柏原と対戦し、1−8で敗れた。愛知大会で何度も逆転劇を演じた至学館ナイン。初めて臨んだ甲子園でも、スタンドに詰めかけた観客は逆転を信じ、最後まで声を張り上げ応援した。試合には敗れたが、あこがれの地でプレーしたナインには、温かい拍手が送られた。【岡大介、荻野公一、篠崎真理子】
▽1回戦=第4試合
至学館
100000000=1
10105100×=8
東大阪大柏原
初めての甲子園出場となった至学館側のスタンドを、4000人以上の在校生やOBが埋めた。
先制点は至学館だった。一回2死三塁の好機。田中和也一塁手(3年)が右前安打を放ち、荒木孝治右翼手(3年)が生還。田中選手の母ひとみさん(45)は「いつも2アウトで打順が回ってくる。どきどきしたけれど、よかった」と喜んだ。二回にはポップな曲調が話題の校歌「夢追人(ゆめおいびと)」を皆で歌い、スタンドの雰囲気はさらに盛り上がった。
しかし五回裏、相手打線につかまった。4点を失い、背番号「1」の岩田遼投手(2年)がマウンドに上がった。母の優子さん(43)は「早めの登板だけれど、これまでにも経験はある。頑張って投げてほしい」と見守った。さらに1点を失ったが、次の打者を三振に仕留め、反撃を待った。
七回表には小関康之捕手(3年)が左中間を深々と破る二塁打を放った。八回にも岡大樹主将(3年)が死球で出塁すると二塁まで進んだ。スタンドは総立ちになったが、後は続かなかった。
九回表、最後の攻撃。岡主将らと同級生の今井美沙さん(同)は、「至学館魂を見せるのは九回から。絶対逆転してくれる」と叫んだ。観客らは、メガホン無しで跳びはねながら声援を送った。
2死で打席に立った粂井勇真選手(3年)が3者連続の三振に倒れ、ゲームセット。何度も劣勢を逆転させてきた愛知大会のミラクルは起きず、スタンド前であいさつしたナインは泣いていた。
岡主将の母多佳子さん(48)は「甲子園に連れてきてもらって幸せ。私は楽しかったし、子供たちも楽しんだと思う。胸を張って帰ってきてほしい」とねぎらった。
マネジャーの伊藤佳澄さん(2年)も目に涙をためながら、「来年は先輩の分まで頑張りたい。自分もマネジャーとして甲子園のベンチに入りたい」と誓った。
◇声からす応援団長
○…至学館の野球部員、滝純兵さん(3年)は、応援団長として一塁側アルプス席で声をからした=写真。内野手としてプレーしていたが実力に限界を感じ、6月上旬、応援でチームをサポートすることを決意。あこがれの甲子園で、大きな赤いメガホンを使って大応援を引っ張った。メガホンには、選手とアルプスから応援する部員、3年生30人の名前が記され、「心は一つ」という思いを込めた。「気持ちはグラウンドで一緒にプレーしている」
◇光った急造応援隊
○…至学館のアルプススタンドで、息の合った演奏が光った85人の応援隊。もともとのメンバーは有志8人だったが、甲子園出場決定後、急きょ吹奏楽部や他校に演奏の協力を依頼した。
県大会では、トランペットとトロンボーンの2楽器しかなく、わずか4人で演奏したことも。トランペットを担当する応援隊長の奥村彩芽(あやめ)さん(3年)は「ハーモニーにならず、音量も小さかった」と話す。
選手から「盛り上がるから来てよ」と言われて駆け付けた甲子園。他校が加わる混成演奏には不安もあったが、広い球場に響く音色に「一体感があり、ハーモニーもきれい」と笑顔で話し、演奏を続けた。
◇前身の同好会OBら「夢みたい」
○…スタンドでは、部の前身の同好会のメンバーらも後輩に声援を送った。
05年の共学化に伴い、6人で同好会を発足。初代主将の岡田亮太さん(22)=至学館大4年=は、初めてみんなが集まった時に、麻王義之監督から「甲子園を目指してチーム作りをする」と言われたことを今も鮮明に覚えている。
グラウンドはソフトボールなどの女子の運動部が使っていたので、片隅でキャッチボールしかできなかった。校舎の裏にあるブルペンで、麻王監督の車のヘッドライトを明かりにして打撃練習に励んだ。練習試合もできなかった。
06年、新入生が入り部に昇格。初めて夏の愛知大会に臨むと、前年の夏準優勝校を破り、周囲を驚かせた。07年の夏は4回戦まで進出した。
恵まれない環境でも工夫して強豪校を倒すのが「醍醐味(だいごみ)」と岡田さん。部員95人の大所帯になった今もグラウンドは週1回しか使えない。岡田さんらは「まさか甲子園に連れてきてくれるとは。夢みたいです」と言い、当時のユニホーム姿で後輩に声援を送っていた。
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■熱球譜
◇励まし合い「成長した」−−小関康之捕手=至学館(3年)
愛知大会では1試合最大5人が継投したチームを捕手として支え続けた。この日も2年生投手3人への采配役。「僕の配球ミスだった」と後輩をかばった。
それぞれ持ち味がある投手には、日ごろから「悔いがないように思いきり投げろ」と伝えてきた。だが、この日は違った。「自分も含めて甲子園の雰囲気にのまれていた」と振り返る。
直球での勝負を求める投手に、あえて変化球を求めた。それが裏目に出たのか、四球や暴投が絡んで五回には5点を奪われ、投手陣は安定を欠いた。「僕のミス。あとで謝ろうと思う。ピッチャーはみんな良く投げてくれた」という。
同校には専用グラウンドがない。そのため練習試合など実戦を通じて技術を磨いてきた。愛知大会でも、シーソーゲームや延長戦を勝ち抜く度にチームの結束が強まり、成長を実感できた。愛知大会から甲子園出場切符を手にするまで「夢を見ているよう」な1カ月だった。
あこがれの聖地での初戦敗退。たった1試合ではあるが、仲間と大歓声の重圧の中で励まし合いながらプレーをした。「甲子園は、ぼくを成長させてくれました」【岡大介】
8月9日朝刊
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